強度行動障害&重度知的障害者の息子が成人した後に待ち受けていた「本当の地獄」

これから書く内容は読む方にとっては辛く、不愉快に思うこともあるかもしれません。

それでも、どうしても書きたいと思いました。

きっかけは3月12日の朝のニュース。

重度知的障害のある息子を殺害した父親に対する判決が、その日の裁判で判決が下されるというものでした。

以下、こちら↓のニュースより引用させていただきます。

障害ある次男殺害 介護悩み悲観の父親に12日判決 千葉地裁|NHK 首都圏のニュース

千葉県の自宅で重度の知的障害のある44歳の次男を殺害した罪に問われた78歳の父親に12日、判決が言い渡されます。長期入所できる施設が見つからない次男の介護に悩み、将来を悲観したことが動機だとする父親について、裁判所がどう判断をするか注目されます。

詳しく調べてみると、被害者である平之内清泰さんは強度行動障害のある重度知的障害であり、両親が自宅で介護をしていたとのこと。強度行動障害のある息子の介護は年老いた両親にとっては負担が大きすぎて、体力的にも精神的にも限界を超えてしまったのだろうなと。程度の差はあるものの、我が息子も行動障害のある重度知的障害者であり、とても他人事とは思えないのです。

先月始まった裁判員裁判で父親は、「介護は限界を超えていた。次男の将来を悲観した」などと動機を述べました。

検察は、「生命だけでなく生きる楽しみをも奪った。身勝手な意思決定は強い非難に値する」として懲役5年を求刑したのに対し、弁護側は「父親1人が責められる問題ではなく、今の福祉制度そのものに問題があったのではないか」などとして、執行猶予の付いた判決を求めました。
判決は千葉地方裁判所で11日午後3時から言い渡される予定で、家族だけで介護を担う決断をした末に起きた事件について、裁判所がどのように判断するのか注目されます。

これを見て、私は大変驚きましたね。

裁判にあたり、検察は被告の凄惨な日々について詳しく調べているはずであり、その上で被告を「身勝手な意思決定は強い非難に値する」と強く非難し、懲役5年を求刑しているという事実。

これが認められ、執行猶予無しの実刑判決が下される可能性もあるわけで、私は自分のことのように、この事件に対してどのような判決が下されるのかがとても気になっていました。

結果は、懲役3年、執行猶予5年とのことで、少しほっとしたのですが…。

それでも、検察の「身勝手な意思決定は強い非難に値する」という言葉が、まるで刃のように私の心に突き刺さり、ずっと胸の痛さが続いている状態なのです。しかし検察はこうも言っていました。

検察は「次男は障害があっても懸命に生きていて、好きな音楽を聴くなど自分なりの楽しみを見つけていたが、行為は生命だけでなく生きる楽しみをも奪った」と主張。
その上で「訪問介護を頼んだり親族に相談したりするなどの手段を検討せず、自分や妻が倒れれば面倒を見る者がいなくなると短絡的に考え最悪の手段を選択した。身勝手な意思決定は強い非難に値する」として懲役5年を求刑しました。
一方、弁護側は「長野や金沢などへ旅行にも連れて行くなど、常に愛情を持って接していた。高齢でこのままでは面倒を見る人がいなくなり、周囲に迷惑をかけると犯行に及んだ」としたうえで、「十分な福祉を受けることができなかった。父親1人が責められる問題ではなく、今の福祉制度そのものに問題があるのではないか」と主張し執行猶予の付いた判決を求めました。

「訪問介護を頼んだり親族に相談したりするなどの手段を検討せず、自分や妻が倒れれば面倒を見る者がいなくなると短絡的に考え最悪の手段を選択した」…まるで、両親が福祉に助けを求める等の、必要な手段を怠っていたかのような言いっぷり。

ちょっと待って。

本当にちゃんと調べた?

訪問介護を頼んだりって簡単に言うけど、おそらくこれ、頼んでもお断り案件。

親族に相談?

親族って、この方たちお子さんは2人とも重度知的障害者。親は死んでるだろうし、兄弟も年齢的に頼れるわけもなく。

甥っ子姪っ子に相談して頼む?え?検察さん、あなたが同じ立場だったら、それ、姪っ子に世話頼める??頼める??

自分たちが倒れたら面倒をみる者がいなくなると短絡的に考えって。短絡的に考えって。

短絡的って本当に失礼過ぎて頭が禿げあがるかと思った😂

まずお前が1か月、このすぐに裸になって出て行ってコンビニの新聞をビリビリ破いてしまうような息子を、78歳の老体で一瞬たりとも目を離せないような、そんな生活を、まずは1か月お世話をして。そして、行政に「支援をお願い😭」「無理🫷」っていう生産性のないやり取りを一通り済ませてから、同じこともいっかい言ってもらえるかな?

おととい来やがれ

…失礼いたしました。

実際は支援を求めても断られ、為す術もなく、被告は追い詰められた後に犯行に及んでいるわけです。これも痛い程わかります。強度行動障害のある重度知的障害者は、支援を求めても「受け入れ先がない」と、驚くほどあっさりと拒絶されるのです。親が生きているうちは親が面倒をみれるでしょ?と言わんばかりに。

誰も面倒をみてくれない、受け入れ先がない、だから夫婦で(おそらく定年後は力で対抗できる父親がメインに)、息子の介護を行ってきた。それでも目を盗んで出て行く息子が周囲に対して迷惑行為をしてしまう。

もし自分が死んだら妻が息子を一人で看ることはできないだろう。暴力的で力の強い息子を、年老いた母親が対処することは命にもかかわることかもしれず。

行政や福祉事業者に支援を求めても「受け入れ先がない」「無理だ」と支援はしてくれない。そのため、「誰も助けてくれない。老いた自分たちが息子の迷惑行為を止めるのはもう限界だ。これ以上他人様に迷惑をかけられない」と殺害すれば「身勝手」だと非難される。

はて?

それじゃあ

どうすればよかったと?

自分たちが息をひきとる、その直前まで、ずっと息子を介護しつづければ満足とでも?

そうして、両親が死んだ後はどうなる?

息子は縁もゆかりもない遠くの施設に送られるのか?追い込まれた息子はさらに強度行動障害が悪化して、精神病院の閉鎖病棟で拘束される日々が待っているのか?

…そういう、答えのみつからない、なんともモヤモヤとした思いや疑問が渦巻き、このブログを書かずにはいられませんでした。

 

高等部入学後から強度行動障害の傾向が顕著に

この事件について、何故この父親(被告)がここまで追い詰められたのか、その事実が知りたく、私はいろんな記事を読み漁りました。

平之内被告には重度の知的障害を持つ子どもが2人いた。うち次男・清泰さんは自力で歩けるが、話すことは難しく、排せつや食事に介助が必要だった。清泰さんは当時住んでいた神奈川県の養護学校(現特別支援学校)に小学部から通った。両親である夫妻は息子たちを各地に旅行に連れていくなど可愛がった。

しかし、高等部の頃から、清泰さんはコンビニエンスストアで商品の新聞を破るなどするようになった。この頃は平之内被告が勤めていたため、食事や排せつなどの介助は主に妻がしていたという。

04年7月から清泰さんは同県内の施設に長期入所したが、食事量が減って体重も減少。妻が心配し、翌年退所した。その後は短期入所できる施設を利用したが、家や施設で着ていた服などをトイレに詰め込んだり壁に頭を打ち付けたり、裸で外出することもあった。

20年の新型コロナ禍で、短期入所することは大幅に減り、両親の負担は大きくなった。しかし、自宅を抜け出して薬局でトラブルを起こしたり施設から長期入所を断られたりしたことから、「周囲に迷惑はかけたくない」と24年5月、同県内から長生村の一軒家に転居。「障害を持つ息子は家族で面倒を見るべきだ」と考えていた平之内被告は、妻と自宅での介護を続けた。

同7月、事件が起きた。清泰さんが障子を剥がしたりテレビを投げたりし、裸で自宅を抜け出そうとした。平之内被告が押さえ付けたが「今後も暴れることが続く」と殺害を決意。妻は2階におり、1階での事件に気付かなかった。

「明日から寝られる、という安心感と、殺した罪悪感で頭の中がぐちゃぐちゃになった。全てが終わるという言葉に表せない感情があった」

次男の将来も心配だったが、妻のことが「大事だった」という。「妻ならほんの少しは(殺害してしまった)気持ちを分かってくれる」と思ったが、事件を知った妻は「おきよ(清泰さん)がいたから頑張れたんだから」と泣き叫び、平之内被告はショックを受けた。

出典:暴れて裸で外に出る知的障害44歳次男 殺害した父に猶予付き判決 | 毎日新聞

 

次男は高校生ごろから思い通りにならないと自宅でテレビを投げたり、コンビニの商品を崩したりするようになった。県立障害者支援施設「中井やまゆり園」に短期入所を繰り返したが、2020年の新型コロナウイルス禍以降は通えなくなった。

被告は体力の限界を感じ、園に長期入所を希望。ケースワーカーにもSOSを出した。「私か家内が倒れたら(次男を)殺してしまうかも」。だが、空きはなかった。

次男が近所の薬局を荒らしたのを機に「もう迷惑をかけられない」と長生村に一戸建てを購入。環境の変化を心配する妻の反対を押し切り、引っ越した。それでも、次男が暴れる頻度は増え、頭を壁にぶつける自傷行為も激しくなった。
引っ越した1カ月後、テレビを投げ、カーテンを引きちぎり、裸で飛び出そうとした。必死に押さえ込むと玄関に倒れ込み「これ以上かわいそうで見ていられない」と首を絞めた。2階に逃れた妻は、冷たくなった次男を見て「嫌だ、起きて」と泣き叫んだ。

出典:テレビを投げ、裸で飛び出そうとする息子を… 再三のSOSが届かず手にかけた78歳父の「絶望的状況」:東京新聞デジタル

平之内俊夫被告への対応を検証した神奈川県の中間報告書。施設入所希望に機械的に対応し、寄り添う職員が不在だったなどとしている
平之内俊夫被告への対応を検証した神奈川県の中間報告書。施設入所希望に機械的に対応し、寄り添う職員が不在だったなどとしている

 

「逃げるように引っ越してきた」「迷惑をかけるのが一番いやだった」――。重度の知的障害がある、当時44歳の次男を殺害したとして、殺人罪に問われた78歳の父親の判決が12日に言い渡されます。公判では、限界を超えていた介護生活と、〝近所に迷惑をかけたくない〟という夫婦の思いが浮かび上がりました。一方で、記者が近所の人びとに話を聞くと、違った側面がみえてきました。
「逃げるように引っ越してきた」
昨夏、重度の知的障害がある次男(当時44)を殺害したとして、殺人罪に問われた被告の父親(78)は法廷でこう語りました。
次男が暴れて近所に迷惑をかけていることを気にかけていたと言います。でも、記者が近所の住民に取材すると、事件の違う側面も見えてきました。
事件が起きたのは千葉県長生村。次男の首をコードで絞め、殺害したとして、父親が殺人罪に問われました。
今年2月。千葉地裁で開かれた初公判で、父親は時々机につかまりながら法廷に姿をあらわしました。
次男の母親も耳に補聴器をつけ、検察や弁護士の言葉がなかなか聞き取れないようでした。
法廷で読み上げられた検察側の冒頭陳述や供述調書、さらに被告人質問からは、そんな高齢の夫婦による次男の介護が限界に達していたことが浮かび上がりました。
次男は自宅にあるテレビを投げ、これまで20台以上壊してしまったこと。
日常的にトイレの前や畳の上に用を足すことがあったこと。
次男はドライブが好きで、父親は朝晩、次男をドライブに連れて行っていたものの、過去に公園の管理事務所に勝手に入ってしまったことなどがあり、ほとんどの公園が「出入り禁止」になっていたこと……。
次男は障害者施設に定期的に短期入所してきましたが、コロナ禍で施設の利用頻度が減った時期もありました。
「追い詰められていつもギリギリの線で生きていました。限界を超えていたと思います」と父親は言葉を絞り出しました。
そして、ある日――。
いつも通りドライブに行こうと次男を車に乗せようとすると、次男は父親の隙をついて近所の薬局に入り、レジのコードを抜いたり、商品を荒らしたりしてしまいました。
「これ以上、周りの人に迷惑はかけられない」と父親は引っ越しを決意したといいます。
一家はこれまでに何回も引っ越しを繰り返していて、長生村にも「逃げるように引っ越してきた」と言います。
そして、こう続けました。「迷惑をかけるのが一番いやでしたから」
家が隣接しておらず、周りにコンビニや自販機がない。そんな条件に当てはまる家を1年近く探し、たどりついたのが、事件が起きた一軒家でした。
引っ越して約1カ月後。父親は次男の首に手をかけました。「もうここで終わりにしよう、楽になりたいと思ったんです」
一方で、近所を記者が取材してみえたのは、父親の想像とは違うまなざしでした。
一家が引っ越す前に住んでいたのは神奈川県小田原市という情報をもとに、記者は引っ越し前に住んでいたとみられる場所や短期入所していた施設などを訪ね歩きました。
引っ越す前に住んでいた住宅の近くの家のインターホンを押すと、住民が出てきました。
「深い付き合いはなかった」としつつも、父親とは顔を合わせればあいさつを交わす関係だったといい、次男のことも覚えていました。
「息子さんのことで大変だったと思う。父親の力では止められていなかった」と振り返りました。
別の近隣の男性は、父親と母親が引っ越しの直前、「家の中をボコボコにされた。(弁償額が)いくらになるかわからない」と漏らしていたと話してくれました。
「もうちょっと関わってもよかったのかな。情状酌量とかないんですかね」。男性はうつむき、こう言いました。「俺、法廷でいつでも証言します」
また別の住民は、昼夜問わず物が壊れる音や、叫び声がすさまじかったと話します。
「(家族も)ご苦労されているんだと思って、ひたすら耐えるしかなかった」
母親からは、精神科病院への入院を断られたと聞き、「どうなっちゃうんだろう」と心配していたと話してくれました。
この住民はスポーツドリンクを記者に手渡し、事件の背景をきちんと取材してほしいと言いました。近所の住民の思いを託されたように感じました。
もちろん、このように心配している住民ばかりではないのかもしれません。
でも、記者が話を聞いた限りでは、近所の人たちは一家のことを「迷惑」というより、心配したり、力になれないかと考えたりしていたように思えました。

出典:近所に「迷惑をかけられない」次男を手にかけた父が法廷で語ったこと

 

元々住んでいた神奈川県内でも近隣への迷惑を考えて引っ越しを繰り返していたという。「逃げるように引っ越してきた。(次男が)声を張り上げると夫婦も声を張り上げざるをえない」と語った。
コロナ禍で障害者施設の利用頻度が減った頃、妻が包丁を持ちだし、「一家心中してやる」と言ったこともあったといい、「いつもぎりぎりの線で生きてきた。たぶん限界は超えていたと思う」と述べた。
事件の1年ほど前、次男が勝手に薬局に行き、商品を荒らしたり、レジのコードを引き抜いたりしてしまった。「迷惑をかけるのが一番嫌でした」と述べ、県外へ引っ越すことにしたと説明した。

出典:障害ある次男殺害、父「もう終わりにしよう」 千葉地裁で被告人質問:朝日新聞

朝日新聞社がかなり突っ込んだ内容の取材をされていたため、事件に至るまでの概要が手に取るようにわかりました。

うちの息子は行動障害とも強度行動障害とも言われていますが、行動障害の程度はこの事件の被害者ほどは重くはありません。ただ、多動症で勝手に出て行ったり、不適切な行動を起こしたり、物を破壊したり、他害をしたり、ということが少なからずあり、また、行動障害が高等部に入学した頃から顕著になったこと、睡眠障害のため夜眠れないことなど、共通点がかなり多いと感じます。それゆえ、この事件の被告と同じような経験をたくさんしてきており、共感する部分がとても多い。

うちの息子は幼児期から大変な多動と他害、破壊行動があり、一瞬でも目を離せないほど扱いづらい子供でしたが、それでも頻繁に旅行に連れて行ったり、外食をしたり、人並みの娯楽や楽しみを与え続け、可愛がってきたつもりでいます。

この事件の被告も同じように旅行に連れて行って可愛がっていたと書いてありますが、大変だったと察します。

旅行先でも外食先でも、どんな迷惑行為をするかわからず、一瞬たりとも目が離せない緊張感。

どこに行っても頭を下げたり、奇異な視線にさらされ、自宅に戻れば「行かなきゃよかった」と毎回後悔しつつも、多動の息子を家に閉じ込めておくことは困難でもあり(家を滅茶苦茶にされる)、体力発散を兼ねて毎日のように公園に連れていくものの、行く先々で問題を起こしては公園を出禁になり、毎回違う公園を探して車で長距離ドライブをする日々でした。

家でも外でも、目を離せない子(私自身はお風呂は5分10分で済ませる。子供一人自宅に置いて留守番させることも無理。外出先ではトイレに行かなくてすむようになるべく水分をとらないようにしている等々)を育てる緊張感は計り知れないものであり、私は息子が行動障害で悩まされるようになった1歳3か月の頃からもう20年近くものあいだ、それはもう筆舌に尽くしがたいほどの重責とストレスに苛まれてきました。

それでも学校に通っているうちはよかった。

義務教育である学童期は、どんなに問題を起こしても学校から追い出されるということはなかったのですから。

しかし、そんな学童期も、高等部に入る頃には事情が変わってきました。

 

成人男性の体型になった息子に先生や支援者が恐怖感を覚えるように

それまでは優しかった先生方や支援者の、息子に対する接し方が、どこか冷たいような感じがするようになったんです。

厳密に言えば、「息子の小さい頃のことを知らない人」限定ですね。

高等部の先生方、そして、実習先の事業所の方々などの誰もが、初めて見る息子の姿は、小さくてあどけなかった子供の姿ではなく、「成人男性」そのものです。

しかも、うちの息子はそこそこ体格もいい。華奢な方ではありません。先生や支援者のほとんの方より、息子の方が体格が良いわけです。

成長も早かったため、高等部に入学する頃にはもうすっかり髭や体毛も濃くなり、見た目は完全に「大人」になっていました。

その息子が、これまでと同じような行動(他害や破壊)を行ったとき、その内容や程度がそれほど酷いものではなかったとしても、相手に必要以上の恐怖感を与えるようになってしまったのです。

恐怖感を感じた先生や支援者が、必要以上に強く押さえつけるようになり、それに応じるように息子の他害もエスカレートしていって…という負のサイクルに陥ってしまいました。

(実際、押さえつける必要がないのにも関わらず、息子が職員に押さえつけられていた場面を見たことがあります)

こうなってしまうともう、今更対応を変えたところで後の祭りです。

息子は自分が強い力を持っていて、「相手よりも自分の方が強い」という誤学習をしてしまった。そこからは坂道を転げ落ちるように行動障害がエスカレートしていきました。

高等部入学以降、そうした問題行動が起きるたびに、自主的に学校や事業所を休む回数が増えてきました。

行動障害が悪化してから私は初めて知りました。本職だと思っていた学校の先生や福祉事業所の職員の方々が、行動障害に対する正しい接し方を知らない人がとても多いということを。

そのため、理解が欠しい職員の多い事業所に入ると、行動障害はおさまるどころかエスカレートしていくのです。

ちなみに、強度行動障害は二次障害であり、先天性の障害ではありません。相手の対応や環境によって、障害は重くも軽くもなるものです。適切な対応や、行動障害を想定した環境を用意してくれる事業所であれば、息子のようなタイプの障害者でも、徐々に落ち着いて行動がとれるようになるのです。

しかし、日本では(といって世界のことはよくわかりませんが)全国的にも、こうした行動障害、強度行動障害に理解のある(対応できる)福祉事業所はとても少ない。

それゆえ、入所を望んでも、どの施設・事業所もおびただしい待機人数があり、しかも、先着順ではなく、より支援が必要(つまり両親とも亡くなっているなど)な者から順番が回ってくるような面もあるのです。

この事件の場合も、高等部卒業後に定着して預かってくれる事業所はなかったんでしょうね。短期入所を繰り返していたけど、それも2020年の新型コロナウイルス禍以降は通えなくなってしまった。

被告である父親は75歳頃ですよね。記事を読むかぎり、もう体を張って裸で出て行こうとする息子止めることは難しかったと思います。体力の限界を感じ、「私か家内が倒れたら(次男を)殺してしまうかも」とケースワーカーにもSOSを出しても、空きはないと断られてしまう。

「殺してしまうかも」と、ここで予告もしていたんですよ?

桶川ストーカー殺人事件と同じじゃないですか。あれは警察に相談していたのに、警察が相手にしていなかったら、本当に殺されてしまった。

今回の事件は警察ではなく、行政ではありますが、相談していたんですよ。「息子を殺してしまうかも」って。

なのに相手にしてもらえなかった。

検証した神奈川県の中間報告書では、「施設入所希望に機械的に対応し、寄り添う職員が不在だったなどとしている」と書いてありましたが、空きが無ければ「空きが無い」と機械的に対応していたんでしょうね。

そして、短期入所中に父親が息子の首を絞めたような痕が見つかった際には、報告書にはこの行為に関して「父親の本人への行為は、継続的に行われたものではないという認識で、親子を引き離すまでの危機感はなかった」などと書かれてあったことから、親が「殺すかも」と言ったとしても、実際に首を絞めた痕が見つかったとしても、「危機感はない」として機械的に処理されていたんですよね。

実際、私も子供が小さい頃からこれまで、病院、幼稚園、療育、福祉サービス事業所、学校、そして行政に対して、空き状況の問い合わせからもう少し込み入った相談まで、数えきれないほどの支援の要請をしてきましたが、おおむね塩対応でしたよね。

福祉に携わっている人とは思えないほどの傲慢な態度の人もいれば、表向きは同情的だったり、優し気に語りかけたりしてくるけど、単に「聞いているだけ」で何の解決にもならない上滑りの言葉を並べるだけの人など、形は様々だけど結果は同じ。

でも、これらの方々を責めることはできないとも思っています。

例えば行政の人。忙しいですよね。たまに窓口に行くと、ちょっとお気の毒かと思うくらいのクレーマー気質の障害者やその保護者と思われる人の対応に苦慮している姿を見かけます。

障害者やその保護者の要望に応えてあげたいと思っていても、物理的に施設や事業所に空きがなければどうしようもない。公立の学校と違って、福祉事業所は民間の施設なんですから。彼らの裁量では限界もあり、また時間もないといったところでしょう。

そして、民間の福祉事業所はといえば、人の命を預かる大変な仕事内容にもかかわらず、その大変さに対して給与や報酬の額がまったく見合っていない(安すぎる)。したがって、人が集まらず、いつも職員が足りていない状態となっている。

人が集まらないと、福祉に関しては素人のパートタイマーを雇わざるを得なくなる。福祉の事情に明るい人を集めるためには、少しでも「環境のよい職場づくり」は欠かせません。そうなると、強度行動障害はもちろん、ちょっとした行動障害(軽度の破壊行動や他害)であっても、行動障害のある障害者よりもできれば問題を起こさない障害者を積極的に引き受けたいと思う事業所が多いことも当然のことだと思います。

何故なら、学校と違って、生活介護事業所やグループホーム、施設等は「卒業」の概念がない。にもかかわらず、毎年のように高等部を卒業した障害者たちが続々と入所を希望してくるわけです。

今、おそらく全国的にも知的障害者は増え続けており、グループホームや施設だけでなく、生活介護事業所も定員に余裕がない、もしくはすでに待機者が出ているような地域も少なくないのではないでしょうか。

こうなると、「障害支援区分が重くで手がかからない大人しいタイプ」などと、事業者側の障害者の選別が始まり、行動障害のある障害者は行き場が無くなるのです。

私の記事を読んだ方のなかで、「うちの子はこの事件の子ほど行動障害が酷くない」「行動障害はあるけど強度行動障害までとは違う」と思い、多少なりとも他人事のように感じている方もいるかもしれません。

でも、現在も地域によっては程度の軽い行動障害の子も受け入れが難しいケースが出始めており、それは今後全国的に広がっていくのではないかと思います。

 

現場の裁量に委ねている福祉の在り方に問題がある

この事件の経緯から判決に至るまでは、こちらのリンクに詳しくまとめられています。

重度知的障害のある息子を殺害した罪に問われた父親 判決は 千葉 長生村 | NHK

「これで終わりにしようと思った」

被告である父親の、この一言に尽きると、私は思います。

▽2019年1月
父親から「そろそろ無理だと思っている」、「精神的に持たない」との話があり、近隣施設に入所申し込みを行う方向で確認。
▽2023年4月(事件が起きる1年3か月前)
家族の相談支援にあたっていた事業所から次男の短期入所を受け入れていた施設に「父親から『そろそろ限界だ。長期入所できる施設を探してほしい』という相談があった」と報告。
これに対して施設は「新規の入所は停止中。入所を現在受けていない」と説明。
▽2023年5月
父親から事業所に再び相談があり、事業所は他の県立施設を含めて入所先を探していましたが、見つからず。
▽2023年10月
精神科病院への入院を希望するも断られる。
▽2024年2月
グループホームに体験入居したが受け入れには至らず。

むしろ自分が介護される側の年齢である78歳までずっと、息子を自宅で介護してきたんですよ。

短期入所施設の職員が「ノウハウがある職員ですら複数いるときに声をかけあってようやく対応できるような状況だった。夫婦2人で介護していたとはとても想像できない」とも言っているような息子を。

県立の施設は受け入れを中止しているとありますが、東京都でも都立の施設は両親が両方とも亡くなるくらいの状況にならないと受け入れは厳しいそうです。

精神病院の入院を希望するも断られる。そして民間のグループホームに体験入居したものの受け入れを拒否。

まだ神奈川県に住んでいた際、父親がドライブに行こうと次男を車に乗せようとすると、次男は父親の隙をついて近所の薬局に入り、レジのコードを抜いたり、商品を荒らしたりしてしまう。「これ以上、周りの人に迷惑はかけられない」と父親は引っ越しを決意したとのこと。家が隣接しておらず、周りにコンビニや自販機がない。そんな条件に当てはまる家を1年近く探し、たどりついたのが、事件が起きた一軒家だったのです。

一家はこれまでに何回も引っ越しを繰り返していて、長生村にも「逃げるように引っ越してきた」のだと。

そして引っ越し先でのある日、事件が起きました。障子を剥がしたりテレビを投げたりし、裸で自宅を抜け出そうとした次男を父親が押さえ付けたが「今後も暴れることが続く」と殺害を決意。その当時は夜次男が寝てくれないことから、父親は十分な睡眠もとれていなかったのでしょう。

息子を殺した後に父親はまず「明日から寝られる」と思ったそうですよ。

睡眠もとれずに、朦朧としていたんだと思います。私も息子が睡眠障害なので気持ちがわかるような気がします。

このような状況を汲み、裁判所は父親に対し懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡しました。

千葉地方裁判所の裁判長は量刑を決めた理由について次のように述べています。

千葉地方裁判所 浅香竜太裁判長:
痛ましい事件でどのような理由があれ殺害という手段は非難されるべきであり、2度とこのような事件が起きてはならないという思いを込めると、たやすく刑の執行を猶予すべきではない。
しかし、介護が限界に来ていることを訴えても施設から長期入所を断られ、被告なりに手を尽くし、いくら望んでも十分な支援を受けられない絶望的な状況だった。かなり追い詰められた状況で、被告だけを責めるのは酷というべきだ。

出典:重度知的障害のある息子を殺害した罪に問われた父親 判決は 千葉 長生村 | NHK

 

次男が短期入所で利用していた施設の元職員は、判決後にNHKの取材に応じ、亡くなった次男について以下のように話しています。

ノウハウがある職員ですら複数いるときに声をかけあってようやく対応できるような状況だった。夫婦2人で介護していたとはとても想像できない。
父親が施設の長期入所を断られたことを知ったときには上司に『長期入所させるべきではないか』と話したこともあるということです。判決の言い渡しを聞き、次のように話しました。
被告にこんなことをさせてしまったと絶望もありますし、怒りもあります。何も言葉が出てきませんし、亡くなった人はもう帰ってきません。神奈川県では今も県立の障害者施設で長期入所の受け入れを停止していて、同じことを繰り返さないためにも制度や人的資源をきちんと整備してほしい。

出典:重度知的障害のある息子を殺害した罪に問われた父親 判決は 千葉 長生村 | NHK

この事件を通じて、福祉制度の在り方(現場に裁量を委ねている現状を改め、国や行政が積極的に介入するべき)について議論・協議されることが望まれるところですが、現実的には厳しいというか、「行動障害のある重度知的障害者」という圧倒的マイノリティのためだけに時間やお金を割くことを、国や行政が積極的に介入して検討されることはないのだろうと思います。残念ですが。

障害者の住まいをめぐる課題を自由記述で尋ねたところ、市区町村の担当者からは、「国の方針に沿って規模の大きな入所施設からグループホームへの移行を進めているが、障害が重い人の受け皿が足りない」とか、「特別なケアを必要とする方の人材確保やノウハウの浸透がまだ不十分で、住まいを確保しようにも確保できない」という声が寄せられました。
ほかにも「高齢の親が障害がある子どもを介護していることが多く、介護者の体調不良で在宅での生活が困難になった際にすぐに入所できる施設がないため、介護者が無理をすることがある」などの声もありました。
また、施設に入所できずに待機している障害がある人について国が初めて行った実態調査で
▽4割近い自治体が待機者の人数を「把握していない」としたほか、
▽待機者数を把握している自治体でもどのような場合に優先的に入所させるかを定めた「緊急性の基準」について、およそ7割の自治体が「ない」と回答するなど、自治体の対応にばらつきがあることがわかりました。

出典:78歳父親に執行猶予付いた有罪判決 “被告だけ責めるのは酷” | NHK | 事件

今後、このような事件はますます増えていくんじゃないかと思いますね。

私も息子の状態が酷いときに、睡眠不足でふらふらになりながら「死んでくれればいいのに」と考えてしまう自分の思考にゾッとしたことは一度や二度ではありません。

自分の子供に対してこのような感情をもつこそことが本当の地獄なんだと思います。

私は今はまだ元気で、体も動く。体の大きな息子が暴れて手を付けられなくなっても「刺し違えて死ぬ」くらいの覚悟もある。まだまだ頑張れる。

でもこれが、私があと10年後、20年後に、同じことができるだろうかと問われれば、自信はない。

そのとき、息子が完全に行き場を失って、強度行動障害が悪化していたら…。

自分が介護される側の年齢になったときに、息子が暴れ、他人様に多大な迷惑をかけ、それが止められないとき。

その頃もまだ、親が死ななければ施設に入れてもらえないような世の中が続いていたら…。

その頃には、今よりももう少し、福祉制度の在り方が改善されていることを願わずにはいられません。

 

強度行動障害&重度知的障害者の息子が成人した後に待ち受けていた「本当の地獄」” に対して8件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    こん
    先ほど書いたのこーでした

    1. 稲倉サナ より:

      こーさん、いつもありがとう(^^)

  2. 匿名 より:

    こんにちは
    今後どうして行くべきか?
    施設があっても人材がいなければ対応出来ない?
    高齢者が増え
    子供の数が減り
    そんな中福祉に手が回るのか?
    皆で声をあげ、もっと分かって貰わないと何も変わらない!
    悔しいね
    記事にたいして
    私は父親の気持ちが分かるなぁ
    本当に本当に大変だったんだろう
    誰がすきこのんで

    1. 稲倉サナ より:

      少子化が進み、今後は福祉だけでなく、どの業種も人材不足が深刻になってきますよね。
      そうなるとますます低賃金で負担の大きい障害者施設の人手不足はさらに深刻になるのかと…暗澹たる思いです。
      今回の事件の報道では、その背景がしっかり書かれていない記事が多く、短絡的な犯行と捉えられてしまってはあまりにもこの父親がお気の毒だと思い、ブログを書く事にしました。
      私が記事にしたところで、個人運営のブログやフォロワー数のしれているX(旧Twitter)の範囲では影響力も大したものではなく、無力感を感じます。
      それでも何も声にあげなければ変わらない。
      私は世間の小さな片隅で、声なき声を、あげていきたいと思います。

  3. おばさん猫 より:

    ご無沙汰しております。
    サナさんの熱量を感じる記事でした。

    この事件、その後が気になっていましたので
    まとめて頂きありがたがったです。

    この事件のニュースを見た時に
    最初に浮かんだのは
    「じゃあどうすれば良かったの?」
    でした。
    子供を手にかけるなんて悪いに決まって
    ますが、将来を考えた時に
    じゃあどんな方法がこのご家族に
    ベストだったのでしょうか…。
    言葉にならないです。

    1. 稲倉サナ より:

      本当に、「どうすれば良かったの?」との思いがずっと胸の中でくすぶっています。
      誰が好き好んで自分の子に手をかけたいと思うのでしょう。
      そうせざるを得なかった事情を、もっと国や行政は直視し、今後に活かしていって欲しいと思うのですが、もう数日経った近ごろではこの事件のことも風化し始めている気がします。
      うちみたいな行動障害の子がいる家族にとってはずっと続いていく現実なのですが。

  4. 匿名 より:

    全く、同感です。
    私たち夫婦は、月曜の朝から金曜の夕刻まで15歳の孫を預かっています。
    最近は、孫の力が強くなり、抑えるのに苦労することが多くなりました。
    近くに施設があるので、15時半まで預かって貰えていますが、そこから自宅まで連れて来るのも、最近は体力的に厳しいと思うようになって来ました。
    兎に角、この事件は他人事と思えません。
    孫が何かをしてしまったときに、どのようにすれば良いかを考えると心配なことばかりです。
    以前よりは福祉制度が大幅に改善されたとは思うのですが、世間的には思いやりが無いと感じます。
    世間の皆様の温かい思いやりに期待するばかりです。

    1. 稲倉サナ より:

      コメントありがとうございます。
      障害があって、行動障害で世間的には不適切な行為をしたとしても、見た目がかわいらしい(つまり小さい、幼少期)うちは世間ももう少し温かい目でみてくれていたような気もするし、福祉の現場の方々、支援者の方々も優しく熱心に対応してくださっていた気がします。
      身体が大きく、見た目がオッサンのようになってからは、本当にあたりが厳しい。
      そう考えると、身長はともかく、体重はできるだけ増やさないように、小さい頃から欲しいままに大食いさせたりすることはやめた方がいいなと思います。
      特に男の子はできるだけ大柄にならないように。こういう見た目も大切なんだなと実感しています。

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