「この子は普通とは違う」親の絶望が子を苦しめる

出典:pixabay

今期楽しみに観ていた「アンサング・シンデレラ」もついに最終回。

大好きだったドラマが次々と終って寂しいです😭

アンサング・シンデレラ

本作の主人公、葵みどり(あおい・みどり)はキャリア8年目の薬剤師。みどりは「薬は患者の今後の生活につながるからこそ、その人自身を知る必要がある。それが、薬剤師にとって何より大切だ」という信念を持っています。1人でも多くの患者を救いたいと思っているのですが、ついつい患者に深入りして時間をかけてしまい、他の薬剤師からはもっと効率的に仕事をすべきだと叱られることも。だが、すべては患者の“当たり前の毎日”を取り戻すため-。チャームポイントのお団子ヘアを揺らしながら、患者一人一人と真摯(しんし)に向き合っていきます。

出典:アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋 – フジテレビ (fujitv.co.jp)

 

「アンサング・シンデレラ」は当初、こんな薬剤師が実際にいるの?なんてブログを書いたこともありましたが。

でも、それをきっかけに、元薬剤師さん、現役薬剤師さんからコメントやメッセージをいただき、ドラマの世界のような職場も実際にあるということがわかり。

その後、ドラマの中で自分も経験した薬剤アレルギーについて取り上げられたり。

単なる娯楽としてだけでなく、本当にいろいろと勉強になった、とても良いドラマだったと思います。

葵のような薬剤師さんがいる病院に行ってみたいです!

病気になるのは嫌だけど😂

 

※※以下ネタバレあり※※

今回ブログで書きたいな、と思ったのは

田中圭、生きてたんか😂

とか、そういうことではなく🤣

 

最終回の中で出てきた、てんかんの持病のある妊婦の話なんです。

アンサング・シンデレラ最終話

みどりが病院に戻ると、妊娠35周目の向坂千歳(土村芳)が家でお腹を打って倒れたと、母の世津子(朝加真由美)に連れて来られていた。幸い母子ともに大事はなかったが、てんかんの既住を持つ千歳が立ちくらみで転倒したと聞いたみどりは、抗てんかん薬をきちんと服用しているかと尋ねる。千歳と世津子は服用していたと答えた。

 そんな萬津産婦人科医院の常勤医師は、道場健太郎(前原滉)。まだ研修を終えたばかりの道場は、てんかん合併の妊婦を小さな産婦人科で診ることに自信がない。みどりは、スタッフは道場を信じていると励ます。

 入院した千歳はこっそり抗てんかん薬を捨てた。それを同室の星名優(入山法子)が見てしまう。しかし、服薬を確認するみどりに、千歳は飲んでいると嘘をついて…。

出典:ストーリー・第11話 | アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋 – フジテレビ (fujitv.co.jp)

 

最終回のワンシーン。

葵みどりの勤める産婦人科に、35週目の初産婦(千歳)が家でお腹を打って倒れた、と運び込まれてきたんですよね。

千歳は母と2人暮らしなのですが(子供の父親が出てこないので、未婚のまま1人で出産するかと思われる)

千歳にはてんかんの持病があり、母・世津子から

「あなたは普通の子とは違う」

 

と、てんかん薬を欠かさず飲むことはもちろんのこと、

「なるべく人と会わないで済む仕事につきなさい」

 

と指示されるなど、日常生活の細部において厳しくしつけられており、自分がてんかんを患っていることに引け目を感じていました。

世津子はてんかんの持病がある千歳に対して「普通の妊婦とはちがうんだから」と、千歳が毎日てんかんの薬を飲んでいるかを念入りに確認していました。

しかしそんな世津子の心配をよそに、千歳はこっそりてんかんの薬を捨てていたのです。

なぜ千歳は薬を飲まずに捨てるのか?

そこには千歳の世津子に対する幼少期からのある思いがありました。

千歳がまだ子供の頃、ある日突然発作に見舞われ、病院に行くと「てんかん」であることを医師から告げられます。

「先生!ちゃんと調べたんですか?もう一度きちっと調べてください!」

「千歳はそんな病気じゃありません!」

現実を受け入れられない母・世津子は、ことあるごとに涙を流し、嗚咽します。

そんな母の姿を、まだ少女だった千歳は悲痛な面持ちで見つめていました。

あのときから母にとって私は普通の子供ではなくなってしまったんだと思います。

「あなたは普通と違うんだから」

ってずっと言われてきて・・・なんかしみついちゃって、不安なんですよね。

普通に出産して普通の子供を産んで、普通に育てられるのかどうか。

 

千歳は、抗てんかん薬を捨てていた理由について、こう話しました。

「7年間も発作が起きてないし、薬を飲まなくても平気だと思ったから。」

「薬を飲まなくても大丈夫ならば普通の妊婦になれる気がしたんです。バカですよね・・・。」

千歳は母からずっとてんかんであることで「普通」ではないと言われ続け、苦悩していたのです。

みどりから「千歳さん、誰のために出産をがんばるんですか?自分が普通だって証明するためじゃないですよね。」

と諭された千歳は、泣きながら「この子のためですと返答。

前向きにがんばっていこうと決意したその矢先、千歳と世津子はみどりと医師と、出産や出産後の生活について話しあうことになりました。

その際、医師や看護師はてんかんの持病があっても出産は可能だと説明するが、世津子は何かと「千歳は普通の妊婦ではない」という点を強調して反発。

持病のある娘(千歳)は普通の母親のようにはなれないと言い放ちます。

さらに世津子は、

「抗てんかん薬を飲んでいたら母乳はだめですよね?」

と書籍からの情報をもとに問いただします。

みどり達は必死に母乳はあげても大丈夫ですと説明するものの、世津子はなかなか納得しません。

「娘は普通のお母さんたちのようにはいきませんよね?」

その言葉に対して「対策は必要ですが。娘さんを特別扱いしないほうがいいんじゃないですか?」

と言われた世津子は、

「そんなきれいごと言わないでください!普通の母親でも育児は大変なのに、てんかんを抱えたこの子がこれから苦労をするのは目に見えています。」

「ほかのお母さんたちと同じようにできなくて、みじめな思いをするのはこの子なんです!」

「いい面ばっかりを並べ立てないで!」

それを聞いた千歳はもう我慢できずに叫びます。

「私はてんかんだから隠れるように生きていけと?」

「私って恥ずかしい娘なの?」

 

「お母さんの手は借りない。2人で生きていくから。」

一方、世津子は千歳がてんかんだと分かってから、娘を丈夫に産んであげられなかったことを悔いていたのです。

「てんかんと知った時、申し訳ないという気持ちで一杯だった。」

「私と同じ思いをして欲しくなく口を挟んでいた。でもそれが娘を追い詰めてしまった。」

これ。

グサッときました😭

刺さりました、心に。

私、自閉症の長男・太郎に

同じことをしてしまってないかな?と。

この話の千歳は発達障害ではなく定型発達だけど、てんかんの発作がある女性です。

それでも母親から

あなたは普通じゃない。

と、まるで呪いの言葉のように言われ続け、

自分が普通じゃないから、母がいつも絶望を抱えている。

この母親は、一見、娘のことを気遣っているようでいながら、本当はかわいそうなのは娘じゃなく

普通じゃない子供しか産めなかった自分。

なんだかそんな風にとらえられたんですよね。

そう思ったところで

私も太郎に対して、同じような感情を抱いていたのではないか?

普通じゃない子を育てる自分はかわいそうだと。

太郎の前で、泣いてわめいていなかったかと。

 

否定できません。

うちは太郎が重度知的障害かつ言語発達遅滞もあり、こっちが何をしゃべっても意味がわからないだろうと思って

ずいぶん酷いことを言ってしまった気がします。

この物語の千歳は、定型発達なのでなおさら母の気持ちを察することができるために、傷つき、苦しんだことでしょう。

でも、太郎だって、言葉がわからなくても感じていたんじゃないのか?と。

太郎の幼児期は、まるで悲劇のヒロインのように、悲しみにくれていた私です。

母が嘆く様子を、自分のせいだ、と。

もしかしたら感じていたかもしれません。

今回、このアンサング・シンデレラのこの親子のシーンを見て反省しました。

今後もいろいろあるかもしれませんが、本人が一番つらいのだと、このドラマのことを思い返そうと思いました。

 

アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋 DVD-BOX

 

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「この子は普通とは違う」親の絶望が子を苦しめる” に対して13件のコメントがあります。

  1. 稲倉サナ より:

    >凸凹講師 発達障害がある短期大学部の専任講師さん
    コメントありがとうございます(^^)
    私の方も毎日ブログを楽しく拝読させていただいております(*^_^*)
    そうですね、私の両親世代も同じような感じです。悪気なく「かわいそうな子」と口に出してしまうんですよね。そう考えると、私の両親はうちの子の影響もあるかと思いますが、そういう偏見がない方だと思います。
    逆に現在は障害者に対して過剰すぎる配慮を感じます。
    障害があるから、あなたはそれはやらなても大丈夫よ、という感じで、チャレンジする前から免除されることがあるのかと。
    もちろん健常者と同じようにはできないわけで、配慮は必要なんですが。その辺の塩梅が難しいんですけどね・・・。

  2. こんばんは。
    いつも拝読させていただいています。
    もう10年前のこと、
    駅前のバス停で待っていると、母親とおぼしき女性のそばで青年が発声しながら飛び回っていました。
    すると、通りすがりの年配女性が、「かわいそうだねぇ」とぼそりと言いながらさっていきました。
    「かわいそうな子」とか「普通じゃない子」などと悪気なく口にしてしまうのはうちの親世代である現在80歳代くらいの人たちに多いのかなという印象ですね。
    私が思うに、
    発達障害当事者として誤解をといたり気付きを与えさせていただいたりする「対象」で重要な人たちは、
    現在の子育て世代(20代、30代、40代)や高校生、大学生さんたちだと思っているのです。
    戦後まだ小学生くらいだった現在の80歳代の人たちの時代背景もあるでしょうし、思考を変えようとしても無理があるのだろうなと。ですから、私は82歳の親が差別的なことを言ったとしても半分容認しています。
    むしろ、若い人たちに人の多様性と存在の尊さを訴え続けていきたいと思っています。

  3. 松岡由美子 より:

    >ノアノアさん

  4. 稲倉サナ より:

    >yi-shenさん
    コメントありがとうございます。
    子供は大人が思っているよりも、とてもよく大人のことを見ているし、大人が何気なく発したつもりの言葉も、何倍も重く受け止めているのだと。
    yi-shenさんのお母さまもおばあさまも、きっと子供だから、何を言ってもいいと、あまり気を使うこともなく言いたいことを言っていたのでしょうね。
    人の話として聞くと客観的に見られるので、何が良くて何が悪いのかがわかりますが、自分のこととなると、ダメですね。
    私も子供を自分の所有物のように思わず、1人の人間として見られるよう、時々こうして子供との関係を振り返ろうと思います。

  5. 稲倉サナ より:

    >きくりんさん
    コメントありがとうございます(^^)
    きくりんさんのお母さまは個性を認めてくれる方だったんですね。でもお母さまの中でもきっと葛藤があったんでしょうね…。
    ご自身の経験から、どういうふうに接すればいいのかわかっているきくりんさんでも、やはり葛藤があると。
    子育てとはなんと難しいことなんでしょう。
    いろんな方のお話を伺うと、本当に参考になります。

  6. 稲倉サナ より:

    >mamatan241さん
    コメントありがとうございます(^^)
    そうなんですよねー。
    困ったときには「この子は自閉症なんだから」と、当然のようにフィルターをかけて子供を見てしまっていました。
    うちは太郎自身、「あのときこう思っていた」みたいなことは一生言えないと思うので、今回のドラマは太郎の言葉を代弁しているような気がして、反省しました(´・ω・`)

  7. 稲倉サナ より:

    >ゆるりんさん
    コメントありがとうございます(^^)
    軽度の障害は見た目にはわかりづらく、かといって説明して歩くわけにもいかないのでご苦労が多そうですね(´・ω・`)
    知的障害のある子は意思疎通が難しいのですが、愛情をもって接する事でわかってくれるかな・・・とは思います。そう思ってもなかなか態度で表すのは難しいですが(;'∀')
    半沢直樹、いよいよ明日ですね!

  8. yi-shen より:

    他の子とは違う
    母親や祖母はいつもいつも私に言いました。
    7歳下の弟に祖母は、
    大人になったら兄(私)の面倒を見るように言い聞かせていました。
    見えないとできないことも多いし、近所の同年齢の子どもと自分が違うらしいことは、
    わりと早いうちに理解していたと思います。
    小学生になり盲学校に入学し、同じような障害の友人ができる中で、
    彼らは「普通じゃない」とか「他の子とは違う」などと直接的に言われたことがないことを知り、
    ずいぶん苦しみました。
    専業主婦の母親は子どもが普通じゃないことを主張し、
    地域の何かに協力しなかったり参加しなかったり免除してもらったり、
    私の存在が利用されていることにも憤りを覚えました。
    私は小学1年生の途中から寮生活で、
    学校が休みの週末と長期の休みしか自宅で過ごしませんから、
    子育てがそれほど大変だったとは思えません。
    学校への送迎が負担だったようでしたが。
    子どもが普通じゃないことを受け入れられない親はいるかもしれないことは、今なら理解できますが、
    利用されたことは今でも納得できないです。
    私が成人して就職したころ、母親はパチンコ依存症でした。

  9. きくりん より:

    私も子供のときずっと「普通になりたい」って思ってました。周りにいるひとに「普通そう考えないよ?」「変わってるね」っていわれてたから、余計に劣等感で普通というものに憧れました。
    母は「普通じゃなくていい、変わっているくらいが面白い」っていってくれていて、少なくとも親は普通というものをもとめていないことに、ホッとしました。
    ただ、代わりに何か聞いたときに「これは常識だよ」「これぐらい知っとかないと恥をかくよ」「こんなこともわからないの?」とはいわれたので、個性としての普通は求めてないけど、教養としての普通はもとめられて、困りましたけどね…。
    妹は母から教わってないこと、勝手に吸収する(大人の会話、ニュース、友だちから学んでいく)けど、小学生の頃の私は親や先生などから直接教わったことしかわからなくて、それで周囲と感覚的にズレていると感じることが辛かったので、息子には自分と同じ思いをもたないように、普通を求めないでおこう…って思ってますが、やっぱり「なんでこんなに繰り返していることをわかっていかないのだろう…」ってところで、受容しているつもりでも、ときどき葛藤がすごくあります。

  10. mamatan241 より:

    ふと、昔を思い出しました。
    『普通』でいたいと、『普通じゃない=嫌』の公式が自然と心の中にあって、皆と同じを求めた経験を。
    それは今思えば、本当に本当に大した理由じゃないけど、それでも何とも言えない嫌な気持ちでした。
    想い描いてた子育てと違うことも多く、苦戦して私は困った時に『息子は、普通と違うから』と息をするように口にしてしまってました。。。
    ママが大切な息子が呪いをかけちゃダメですよね。
    プラスの言葉選び、初めてみたいと思います。
    いつも大切なことを教えてくださって、ありがとうございます(*^-^*)

  11. ゆるりん より:

    アンサングシンデレラ途中で挫折しました。最終回見ていなかったですが、身につまされる話だったんですね。まさに妊婦さんが私に感じます。私も足に軽度だけど障害があって、なんとなく母親が苦手です。やっぱりお互いわだかまりがあるんですかね。考え方が苦手なのもあるけど。自分が母親になって、子どもが普通の子どもだったらさほど苦労はなかったと思うのですが、自閉症の子どもを育てるには体がきついですね。これが保育士とか次男を預ける先の人には通じなくて色々苦労しました。知的障害のある子どもが親のことをどれだけ理解できるかはわからないけど、お母さんはあなたのことが大好きだよと接していればわかってくれると思います。それに昔のことを根にもつことはないと思います。半沢最終回楽しみですね。

  12. 稲倉サナ より:

    >ノアノアさん
    コメントありがとうございます。
    このドラマを通して、客観的に自分たち親子を見ることができた気がしました。
    子供は、親が自分が原因で悲しんでいるところを見たくないはずですもんね…。
    つらいのは子供自身。頑張っているのも子供自身。そう思うと、少し優しくなれそうな気がしました!
    ノアノアさん、一緒にがんばりましょう!

  13. ノアノア より:

    このブログを読んで今、泣きそうです。私自身が、子どもの頃から「普通」になりたくて普通の家庭に憧れて目指していたのに、息子を発達障害にしてしまったことを嘆いてばかりです。
    息子を心配しているつもりで、実は発達障害の子どもを産んだ可哀想な自分によっているのかもしれません。
    何より今、頑張っているのは息子だということを忘れないようにしたいと思います。

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